金兄ちゃんの「どこまでやるの!?」

京都に住む、30代後半の市民アスリートの日記です。 マラソンの記録更新を目指して、毎日練習頑張ってます!

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練習は嘘をつかない

防府が終わってから2日間、太ももが筋肉痛でしたが(2日目が特にきつかった)、3日目にはほとんど筋肉痛も引いたので、さっそくジョグ再開です。

で、改めて防府の走りを振り返ってみると、やっぱり練習通りの走りしか出来なかったなぁとつくづく感じました。

防府では㌔3:50ペースで行けるところまで行こうと計画を立ててましたが、それも10kmまでで、15kmまでには3:55ペースに落ち、30kmでは4分をオーバーしてしまった事は前回のブログでも触れました。

僕は、11月に25km走を2回、30km走を1回走りましたが、2回の25km走は、1回目が㌔4:10~4:40ペース、2回目が㌔4分前後のペースで走ってます。
30km走もだいたい㌔4:15~4:18ぐらいのペースでした。

火、木の京都のGでの練習会は、15kmを㌔3:50ペースで大体こなしてました。

なので、これまでの練習内容と実際のレースでのペースを照らし合わせると、やはり3:50ペースでの練習を15kmまでしかやっていなかったので、実際のレースでも15kmまでしかそのペースを維持出来なかったのだと思います。
30km以降に㌔4分をオーバーしてしまっても、35~40kmを㌔4:16ペースで粘れたのは、事前の25km走や30km走をそのペースで走った事が大きかったのだと思います。

ハーフの通過は1時間22分07秒でしたが、11月3日の丹波ハーフでは1時間22分10秒でしたし、12月7日の京都・八幡市民ハーフでも1時間22分09秒でした。

なので、防府では今までの練習通りの走りしか出来なかったって感じです。

2月の別大に向けては、㌔3:50ペースを維持したまま、20km~30kmは走れるようになっておきたい所ですし、1月のひらかたハーフでは80分台か、願わくば80分切りをしておきたい所です。
そうすれば、別大での2時間41~42分台が見えて来るんじゃないかな・・・と僕は思っています。
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第40回記念 防府読売マラソン

防府マラソン完走!!

19:13-19:05-19:38-19:47-19:49-20:22-20:44-21:21-8:38

前半ハーフ 1時間22分07秒

後半ハーフ 1時間26分36秒 

   ゴール 2時間48分43秒

3年ぶりに3度目の防府マラソンを走って来ました。
初参加の2005年は、気温4度の極寒と強風の悪コンディションで撃沈し、2時間58分台。
翌年の2006年は、これも気温10度で冷たい雨の中でのレースで、途中トイレに立ち寄ったために22.1kmの関門でDNF・・・と、あまり防府には良いイメージは持っていませんでした。
常に風にさらされるイメージが大きかったかな・・・。

で、今回もやはりスタート前から西よりの強風がメッチャ吹いていました。
天気自体は、晴れ時々曇りで、気温も8.5度とマラソンを走るには申し分なかったです。

スタートしてからも、常に強風が付きまとい(風速5m以上はあったでしょうか)、時折突風に見舞われたりでモチベーションを維持するのに苦労しました。
防府のコースは周回なので、東向きの区間で追い風を受ける以外は、常に向かい風や横風をくらっていました。
西向きの区間と35kmの手前の区間の向かい風にはかなり悩まされました。
コース上の旗が常にバタついていたのが記憶に残っています。

レース運び自体は、10kmまでは㌔3:50ペースで刻んで行けましたが、10~15kmで㌔3:55ペースに落ち込み始め、30km以降は㌔4オーバーまで落ちてしまいました。

事前に30km以上のペース走がほとんど出来ていなかったのと(30km走1回、25km走2回)、強風吹きすさぶ中、勢いに任せて集団の前に出て引っ張って行ってしまったツケが20km以降に来てしまった感じです。

それでも、35~40kmは㌔4:16ペースで何とかしのいで、40km以降ではくぼぢゃ~君と合流し、2人で50分切りに向けて必死に励まし合って追い込みまくった結果、何とか2時間48分43秒でゴールに辿り着く事が出来ました。

正直、苦しかったです。

多分、今までのレースで一番苦しかったかも知れません。

タイムも48分台でしたけれども、今までは撃沈しての48分台が多かったのですが(48分台は今回含めて4度目)、今回は悪条件の苦難を乗り越えての48分台だったので、一番達成感があったと思います。

それと、8月下旬に腫瘍摘出手術をし、9月初旬に退院してから3ヶ月余りの期間で、ここまで走れるようになって本当に良かったです。

今回の経験で少し自信もついたので、2月の別大ではもう少し速いタイムでゴール出来るように頑張ります!


P.S・・・この写真を撮っていただいた、大阪陸協のH田さん、この場を借りてお礼を申し上げます。
ありがとうございました!


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これまでの歩み。そしてこれから・・・。

更新がご無沙汰していましたm(_ _)m

「マラソンweb練習日記」の「金兄」ではちょこちょこ練習内容はアップしていたのですが、ここはホンマ久しぶりの更新です(^^ゞ
今は当然ながら7km以上走っていますよ(笑)

9月2日に退院してからの走力の落ち方は凄まじく、太陽が丘JCでの練習会でも全くついて行けず、いつもみんなから置いてきぼりを喰らってばかりでした。
普段負けない相手にも全然追い付けなかったりで、ほんと走っててつまらなかったです。

とにかく増えた体重を少しでも落とそうと思って、一度に走るジョグの距離を少しずつ増やして行きました。
コツコツとジョグを続けて行くうちに体重も落ちて行き、脚の筋力も少しずつ回復して行きました。

ただ、現状ではとても尼の練習会などには付いて行ける自信が無かったので、しばらく行ってなかった京都市内某グラウンドでの練習会(以下G)に参加し、ペース走を少しずつこなして行きました。
Gや太陽が丘の練習会で練習を積み、10月18日に自身シーズン初戦の、滋賀県のマキノハーフに臨みましたが、ペースが上がらず大撃沈してしまい、1時間30分もかかってしまいました。
しばらく走ってなかったから仕方が無いと思いながらも、正直この結果にはショックでした。
でも、次のレースではもう少し早く走れるやろうと、少し前向きにも捉えていました。

11月1日には西京極陸上競技場で行われた京都府民総体の3000mの一般男子の部に宇治市代表で参加しましたが、10分12秒とまずまずのタイムで走れ、2日後の京都・丹波ハーフでは、前回のマキノから8分タイムを短縮でき、1時間22分10秒でのゴールでした。この結果は大きな自信になりました。

僕の今シーズンのフルマラソンのプランは、当初、加古川→別大→篠山のプランでしたが、加古川が締め切りの10月31日までにすでに定員オーバーで締め切られてしまったので、防府→別大→篠山のプランで行こうと思っています。

防府に向けては、30km走を1回、25km走を2回ほど走っただけなので明らかな練習不足と、加えて長年お付き合いしている股関節痛もまた出て来たので大いに不安もありますが、42.195km走のつもりで、別大、篠山の前哨戦として気楽に走りたいと思います。

目標タイムは2時間50分前後で!






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7km走りました。

今日は退院後初の、ほぼ3週間ぶりのランを再開しました。
やはり長期休養後のランは、キロ5分50秒程度のゆっくりジョグでもバテバテで、10kmと走れませんでした(^_^;)
久しぶりの有酸素運動だったので、7km程度の軽いジョグでも、帰宅後は息が上がってました。

やはり何も運動していないと、体力が落ちるのはメチャクチャ早いです。
当分、水曜の尼の練習会や京都のGなどには行けそうにありませんが、少しずつジョグの強度と距離を増やして行って、ボチボチと走れる体を作って行こうと思います。
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無事に退院 → 日常生活復帰 → ラン再開は??

8月21日(金)に入院、24日(月)に手術、そして9月2日(水)にようやく退院してまいりました!
この12日間、すっかりランから遠ざかってました・・・。
今回、右耳下の腫瘍を切除するため、生まれて初めての入院生活を送りました。

入院してからの金、土、日の3日間は、全然体が元気だったので、入院している実感が湧かなかったのですが、手術前日の0時以降の食事制限からは少しずつ緊張し始めていました。

24日(月)の午後に手術室入りした時は緊張でかなり血圧も上がってたと思います。
事前に麻酔科医の先生から手術の説明があった時に、緊張をほぐすために好きな音楽をかける事が出来ると聞いていたので、僕はEXILEをリクエストしていました。
手術室に入るとその通りに、EXILEのバラードがBGMとして流れていました。
EXILEの曲がバックに流れながらのオペも、何か変な感じでした(笑)

全身麻酔を施され、あっという間に意識はなくなり、手術は3~4時間に及び、腫瘍も無事に摘出され、麻酔から目覚めて意識も回復、無事に手術は成功・・・かと思われましたが、病室に戻ってから、顔面の内出血が止まらずに右側半分が大きく腫れ上がってる事が判明し、急きょ止血のための2度目の手術を敢行する事となりました。

2度目の手術は局所麻酔だったので意識はあり、EXILEの曲を聴きながら、メスで右耳下を切られながらの手術は何か異様な感じでした。
意識があるので、術中の先生同士の会話のやり取りはよく聞こえていて、会話からして、だいぶ主治医の先生は患部の止血に苦労をされていたみたいでしたが、約2時間かけてようやく無事に手術も成功!
腫れも一度目の手術後よりはかなり引いていました。
午後の1時半から手術が始まり、結局手術が終わったのは夜の8時半で、翌日朝の8時半の診察までは絶対安静。
出血してはいけないので無理やり首を圧迫して止血をしているので首をほとんど動かせず、手術中に尿を排泄する管も陰部にダイレクトに付けられていたので立ち上がってトイレにも行けずにベットでほとんど釘付け状態だったので、この日の夜中は、体を動かせない、かなりのストレスと闘っていました。

8時半の診察が始まり、絶対安静が解除されてようやく体の動きの自由度が広がったので、とりあえずはホッとしました。
その際に尿管の管を抜かれた時の異様な痛さは、今でも記憶に残っています(^^;)

その後は日に日に患部の腫れもだいぶ引いて行きました。
でも、手術の影響からか、顔の右側半分の筋肉が上手く動かせにくくなっていました。
主治医の先生に尋ねてみたが、顔面神経は切らずにほとんど残してあるので、時間こそはかかるが、腫れが引いて行くのにしたがって動きも元通りになって行くとの事だったので、焦らずにボチボチと回復させて行こう・・・。

この入院生活では、健康である事の大切さをつくづくと身に染みて感じさせられました。

知り合った方々の中には、咽頭ガンと闘ってらっしゃって、声を失っている方もおられました。
その他、重い病気を抱えてらっしゃる患者さんも多く見受けられました。
そんな患者さん達を見ていて、「みんな辛いんだろうけど、前向きに頑張ってるんだなぁ」としみじみ思いました。

そんな重い病気を抱えてらっしゃる患者さんの事を思うと、僕はまだまだ恵まれていると思いました。
体を動かせる、普通に歩ける、普通に走れる、普通に生活が出来る事のありがたさを深く感じました。

8月30日(日)に外出許可をもらって、太陽が丘の練習会へ出向き、仲間の走りっぷりを観に行きましたが、ハードな苦しい練習の中でも、みんな生き生きと走っていたので、五体満足である事の素晴らしさを観ている僕も感じました。

9月2日(水)に退院して、今、こうやって普通に日常生活を送っていますが、時々小走りで軽く走ったりすると衝撃で傷口に響いたりするので、練習再開には躊躇している状態ですが、来週の月曜日あたりから軽めのジョグから再開しようと思っています。

練習を再開した時には、五体満足である事の幸せを感じながら走りたいと思います。


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